【10選】人的資本情報の開示例、開示で使われる指標

2023年3月期から人的資本開示義務化が予定されており、準備に追われる企業も少なくありません。対象となる企業は、まず開示で使われる指標を知る必要があります。開示項目を決めるときには、大手企業10社の開示例も活用しましょう。

1.人的資本の開示例とは?

人的資本の開示例とは、企業が開示している人的資本情報の事例です。人的資本開示には細則が定められておらず、開示内容には企業独自の特色が求められます。他社の開示例を参考にしてから、自社の情報開示項目を決めるのもひとつの方法です。

人的資本とは?

人的資本とは、人材を「付加価値を生み出す資本」とみなす考え方です。貨幣や土地、設備といった資本と同様、知識やスキルを持つ人材は、企業経営に不可欠な資源であり、積極的に投資すべき対象という意識が広まっています。

人的資本への注目が高まったきっかけは、2020年に公開された「人材版伊藤レポート」にあります。このレポートにて、「人的資本の価値を最大限に引き出すことが中長期的な企業価値向上につながる」と提唱したことを機に、注目が集まるようになりました。

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2.日本における人的資本情報開示の動向

世界的に人的資本の情報開示が求められる潮流のなか、日本企業の取り組みはどこまで進んでいるのでしょう。ここでは日本における人的資本の開示の動向について説明します。

人材版伊藤レポート2.0の公開

2022年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」では、「企業がこれからもさまざまな環境変化に対応しながら持続的に企業価値を向上していくには、⼈的資本を活用した取り組みで他社との差別化を実現する必要がある」と述べています。

このような取り組みは経営戦略と人事戦略を連動させるべきであり、ステークホルダーが企業を評価するためにも、⼈的資本情報の公開を推奨しているのです。

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人的資本の可視化を推進

2022年9月、内閣官房は人的資本に関する情報開示のあり方を整理した「人的資本可視化指針」を公表しました。

企業と投資家、ステークホルダーの相互理解を深めるためには、企業の成長性を支える人的資本の可視化が不可欠だからです。そのためこの指針では、企業が人的資本を開示する際に、どのような視点でどのような項目を開示すべきかを提示しています。

コーポレートガバナンスコードによる要請

2021年6月に改定されたコーポレートガバナンスコードで、上場企業は「サステナビリティへの取り組み」と「人的資本や知的財産への投資」に関する情報開示が求められるようになりました。

さらに2021年12月末までに、改訂を踏まえた「ガバナンス報告書」の開示を同企業へ要請。このようなコーポレートガバナンスコード改訂における一連の流れも、人的資本開示に拍車をかけました。

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投資家からの要請

日本市場において、機関投資家や外国人投資家からの人的資本の開示要請が高まっています。ISO30414の公開や米国証券取引委員会の開示義務化など、世界で人的資本情報の開示が進んできたからです。

実際に内閣官房が2022年3月に公表した「非財務情報可視化研究会(第5回)配布資料」によれば、投資家からもっとも開示を希望する情報は「人材投資」でした。これも人的資本開示が注目されるようになった要因のひとつです。

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3.人的資本の開示例で使われる指標

人的資本を開示する際、どのような指標を使えばよいでしょう。それには、人的資本可視化指針や、ISO30414で挙げられた指標や項目を参考にできます。

ただしここで挙げるすべての項目に開示が必須というわけではありません。自社に合った項目を検討して選択することが肝要です。

4つの視点を基準に整理

2022年8月に公表された「人的資本可視化指針」には、開示が望ましい19項目を掲載されています。ただし19項目すべてを定型的に開示するのではなく、以下の4つの視点で整理することを推奨しているのです。

  1. 価値向上:投資家からよい評価を得て企業価値の向上を目指す。適した項目は「スキル・能力」や「エンゲージメント」など
  2. リスク管理:投資家へ存在するリスクと、そのマネジメント状況を伝える。適した項目は「コンプライアンス」など
  3. 独自性:他社との差別化につながる自社の強みなどを伝える。適した項目は、自社の戦略やビジネスモデルなどに紐づく研修など
  4. 比較可能性:投資家が他社と比較しやすいように定量化できる項目を提示する。適した項目は、「研修時間」や「定着率」、「男女間の給与の差」など

ISO30414における人的資本の指標

ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が公表した「人的資本開示ガイドライン」のこと。ここではISO30414が「ステークホルダーに対する世界共通の評価指標」として挙げた11項目について説明します。

  1. コンプライアンスと倫理
  2. コスト
  3. ダイバーシティ
  4. リーダーシップ
  5. 組織文化
  6. 健康と安全
  7. 生産性
  8. 採用・移動・離職
  9. スキル・能力
  10. 後継者計画
  11. 労働力

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①コンプライアンスと倫理

企業の法令やビジネス規範のコンプライアンスと倫理に関する指標です。「コンプライアンスと倫理観が従業員に浸透しているか」といった点も問われます。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • クレームの件数と内容
  • 懲戒処分の件数と内容
  • コンプライアンスや倫理に関する研修を受講した従業員の割合
  • 外部関係者とのトラブル
  • 外部監査により指摘された事項の件数と種類

②コスト

人件費や採用費など「求人」「採用」「雇用」「離職」までの一連の流れにかかる、すべての費用を指します。「企業が人材に対してどれだけ投資しているのか」を示す基本的な指標です。たとえば以下のような項目が挙げられています。

  • 総人件費
  • 外部人件費
  • 平均給与と役員報酬の比率
  • ひとりあたりの採用コスト
  • 雇用や移動にかかるコスト
  • 離職にかかるコスト

③ダイバーシティ

企業の雇用機会の均等性や多様性、さまざまな働き方の導入など「全員参加型社会の実現に向けた取り組み」に関する指標です。たとえば以下のような項目が挙げられています。

  • 女性の管理職比率
  • 男性の育児休業取得比率
  • 高齢者や障がい者の雇用率
  • 経営層の多様性

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④リーダーシップ

社長やCEOなどのマネジメント層に「どの程度の信頼が寄せられているか」「リーダーシップを発揮しているか」を示す指標です。具体的には以下の項目が挙げられています。

  • リーダーシップに対する信頼度
  • 管理下にある従業員数
  • リーダーシップの開発

⑤組織文化

自社への愛着度や満足度、企業への定着率を測る指標です。独自の「企業理念」「経営方針」「ビジョン」などが築けているか、それらが社内に定着しているかも問われます。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • 組織に対する満足度
  • コミットメント
  • エンゲージメント
  • リテンション比率

⑥健康と安全

従業員個人の健康だけでなく、組織全体の「健康や安全への取り組み」に関する指標です。製造業や建築業ではとくに「安全」に関する取り組みが重要視されます。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • ケガや病気によって失われた時間
  • 労災の数、業務中の死亡者数
  • 研修に参加した従業員の割合

なお「研修に参加した従業員の割合」の項目では、人材育成に積極的に投資しているかどうかが評価されます。

⑦生産性

従業員ひとりあたりが生み出す利益や売上高といった、生産性に関わる指標です。人的資本がどれだけ企業の収益に貢献しているか、といった「人材と利益の関係性」を示します。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • 人的資本ROI(税引き前利益に対する人件費の割合)
  • 従業員RBIT(支払金利前税引前利益)

⑧採用・移動・離職

従業員の採用や部署や役職などの異動、離職に関する指標です。「タレントマネジメントが有効に機能しているか」「人材を効率よく育成できているか」などを示します。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • 各ポジションの候補者数
  • 欠員補充までの平均期間
  • 入社前の期待と入社後のパフォーマンスの比較
  • 重要なポジションの割合
  • 社内での移動率
  • 離職率
  • 退職の理由

⑨スキル・能力

従業員のスキルや能力開発への取り組みに関する指標です。「人的資本の価値を向上させるための現状把握」に用いられます。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • 人材開発の費用
  • 学習や開発関係
  • 労働力のコンピテンシー比率

コンピテンシーとは、「優秀な人材に共通する行動特性」のこと。自社のコンピテンシーを分析して人材育成に生かすと、人的資本の価値が向上します。

⑩後継者計画

将来的にリーダーとなる後継者育成に関する指標です。後継者の計画的な育成は「持続的な企業の経営や成長に欠かせない重要な要素」といえます。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • 内部継承率
  • 後継者候補準備率
  • 即時継承する場合の後継者の継承準備度

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⑪労働力

企業が保有する労働力に関する指標です。企業の運営や成長を支えるために必要な労働力が確保できているか「従業員数」や「就業形態ごとの人数」「稼働人数」などを総合的に示します。たとえば以下のような項目が挙げられているのです。

  • 総従業員数
  • フルタイムとパートタイムのそれぞれの従業員数
  • 派遣労働者や独立事業者などの臨時労働力
  • 欠勤率
  • 求職者数

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4.人的資本の具体的な開示例【10選】

日本でもすでに、多数の企業が人的資本の開示を実施しています。そのなかから10社の開示例について、開示内容のポイントを解説しましょう。

  1. 三井化学
  2. 日立製作所
  3. 荏原製作所
  4. オムロン
  5. 双日
  6. 伊藤忠商事
  7. エーザイ
  8. 丸井グループ
  9. 第一生命ホールディングス
  10. 積水ハウス

①三井化学

2020年版三井化学レポート」では、自社の長期戦略である「VISION2030」をふまえて、人材戦略上の3つの優先課題を記載。優先課題は「人材の獲得・育成・リテンション」「従業員エンゲージメント向上」「グループ・グローバル経営強化」です。

そのうち「人材の獲得・育成・リテンション」の進捗状態を伝えるため、「後継者準備率」を公開しました。

また「GRIスタンダード(ESG情報の開示枠組み)」の人的資本指標に沿って、従業員を含むステークホルダーとの関係性を高める重要項目を設定しています。たとえば「従業員エンゲージメント調査」や「研修」などです。

②日立製作所

日立製作所は、「サステナビリティ目標」を実現するために重要な人的資本を「人財」とし、人的資本を充実させて顧客と社会に価値を提供するとレポートで公表。

この人財戦略において、「多様性」「グローバル人財」「デジタル人財」などに関する人的資本情報を公開しました。たとえば「役員における女性や外国人の比率」や「国内および国外のデジタル人財数」「従業員エンゲージメントスコア」などです。

③荏原製作所

荏原製作所は、グローバル展開を実現する人材戦略に取り組み、独自の人的資本情報を公表しています。たとえば「グローバルエンゲージメントサーベイスコア」や「海外事業所の主要ポストにおける現地従業員比率」などです。

また育成の取り組みとして、若手研究者を外部機関で育成するオープンイノベーション施策や、SNSでアルムナイ(自社の退職者を)との関係を維持して人材獲得を促進する施策を行っています。

④オムロン

2021年のレポートで「企業理念の実践に向けた人材戦略」に向けて、「企業理念の実践の拡大」「リーダーの育成と登用」「多様で多彩な人材の活躍」に取り組み、関連する人的資本情報を公開しています。

たとえば企業理念である「よりよい社会を作る」ために、各従業員が行った取り組みを表彰する制度「TOGA (The OMRON Global Awards)」の「エントリー件数」「参加人数」といった情報を公開しているのです。

リーダーの育成では、「海外重要ポジションに占める現地化比率」や、従業員エンゲージメントサーベイの「回答率」「コメント数」などを公表しています。

⑤双日

双日の「総合報告書2021」では、人材戦略の柱に「多様性を活かす」「挑戦を促す」「成長を実感できる」の3つを挙げ、以下のような人材KPIを設定しました。

  • 女性従業員比率50%程度、女性課長職比率20%程度(2030年度)
  • 外国人人材によるCxO比率50%以上
  • 育児休暇取得率 男女ともに100%
  • デジタル基礎研修修了割合(デジタルエキスパート比率25%以上)
  • チャレンジ指数(挑戦指数、成長および貢献実感指数 いずれも90%維持)

⑥伊藤忠商事

伊藤忠商事の企業理念「三方よし」を踏まえた人材育成方針をもとに、「従業員の持続的な能力開発」を取り組むべき課題に掲げて、目標とアクションプランを明記。それに関連する以下のような人的資本情報を公開しました。

  • エンゲージメントサーベイの結果
  • 女性総合職比率
  • 女性管理職比率

また独自の社内取り組みとして、「朝型勤務制度」や「中国語人材の増強」などを挙げています。

⑦エーザイ

「サステナビリティ」や「コーポレートガバナンス」への取り組みを公式HPに公開。人材戦略に関しては、従業員を「重要なステークホルダーかつ大切な財産ととらえ、企業理念をもとに新しい価値創造に貢献する人材の輩出をめざす」と明記しています。

それにともない、以下のようなKPIを設定しました。

  • 女性従業員比率30%以上、女性管理職比率30%以上
  • 30代以下の若手マネジメント層20%以上

⑧丸井グループ

丸井グループは2021年3月期の「有価証券報告書」で「従業員のウェルビーイングを組織の力に転換する」と明言。「ウェルネス経営」を戦略のひとつに掲げ、以下のような人材開発の取り組みと成果を記載しています。

  • 手挙げ:議論や対話、学習、新事業創出などの機会において、自ら参画した従業員の人数と割合
  • グループ間の職種変更:職種変更を経験した従業員の割合、職種変更後のアンケート回答

⑨第一生命ホールディングス

2022年3月期の「有価証券報告書」にて、「人材への投資方針」として、能力開発やワークライフマネジメントに取り組んだことを公表。関連する以下のような人的資本情報を開示しました。

  • 女性管理職比率
  • 海外従業員比率
  • 男性育児休業取得率
  • 障がい者雇用率

また2024年4月までに「ライン部長およびラインマネジャー級の管理職における女性比率30%」というKPIも設定しています。

⑩積水ハウス

2022年の「コーポレートガバナンス報告書」において、人材戦略の取り組みと成果を掲載。関連する以下のような人的資本情報を開示しました。

  • 女性管理職数および比率
  • 社会人(中途)採用者数および比率
  • 主要な海外子会社で現地採用した管理職者数および比率
  • 男性従業員の育児休業取得率

女性管理職数については、「2026年3月31日までにグループ全体で310人以上」というKPIも設定しています。

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5.政府が検討している人的資本の開示例

内閣官房が設置した「非財務情報可視化研究会」が2022年8月30日に公表した「人的資本可視化指針」には、以下の6分野の開示事項(例)が記載されています。

  1. 育成
  2. 従業員エンゲージメント
  3. 流動性
  4. ダイバーシティ
  5. 健康・安全
  6. コンプライアンス

ISOが提示する11項目以外の開示基準も含まれており、より多くの項目を参考にしたいときに役立ちます。