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「上司は全然できていない、部下はやったつもり。この認識のズレは、評価制度のせいではありません。」
年に2回、日本中のオフィスで繰り返される評価面談の「サプライズ」。その原因の9割は、期初の目標設定時に「何をしたら合格なのか」を握れていないことにあります。
では、どうすれば「揉めない評価」は実現できるのか。前回に続き、3人の人事プロフェッショナルが語ります。今回のテーマは「合意形成」と「AIの活用」です。
「期初の握り」とAIが変える目標管理
この記事では、評価面談での認識ズレを防ぐ事前合意の技術と、生成AIを活用した目標設定の最新実践を座談会形式で紹介します。
お話を伺った方々
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幸田さん
流通・サービス業など複数の中堅企業で人事責任者を歴任。制度設計から現場運用まで一貫して手掛け、直近は外部アドバイザーとしても複数社を支援
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岡田さん
大手通信系企業のシェアードサービス部門でバックオフィス業務を統括。数値化しにくい事務系職種のマネジメントに10年以上従事
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藤本さん
大手インフラ企業にて、評価制度の全社展開と運用改善を推進。多数の管理職を対象とした研修を設計・実施
「こんなはずじゃなかった」──年に2回繰り返される悲劇
──評価面談で上司と部下の認識がズレる「サプライズ」問題。皆さんの現場ではどのくらい起きていますか?
藤本さん
「こんなはずじゃなかった」これは本当に頻繁に起こります。部下は「自分なりに頑張った」と思っている。上司は「全然足りていない」と感じている。この認識のズレが評価面談の場で初めて表面化して、双方が驚く。原因を突き詰めると、目標設定の段階で「何をしたら合格なのか」が定量的に握れていないことに行き着くんです。
岡田さん
私も同じ認識です。評価で揉める原因は評価制度ではなく、期初に評価の話をしていないこと。目標設定シートを「出すだけ・書くだけ」で終わらせているから、半年後に解釈の違いが噴き出すんですね。
幸田さん
まさに。評価トラブルの9割は、期初の握り不足と期中のフォロー不足です。制度を変えたがる会社は多いんですが、制度をいじっても運用が変わらなければ同じことが繰り返されます。
「こうしたら100点」を先に握る──達成基準の事前合意
──では、期初の「握り」を具体的にどう実践されてきたのですか?
藤本さん
基本は「こうしたら100点」というゴールを、期初に定量的に握ることです。「頑張ります」「チャレンジします」ではゴールが分からない。完了時にどの状態になっていれば100点なのかを定義しておけば、評価時に解釈の違いは生じにくくなります。加えて、途中で会社の方針が変わることもある。「最初の目標にはなかったけど、会社の指示で別のことに注力した」。そのときに握り直す場を設けないと、期末に「やったのに評価されない」と揉める原因になります。
幸田さん
私のところでは目標文言の「赤入れ」を全マネージャーに義務化しました。提出された目標を読んで、曖昧な表現があればそのまま返す。「この目標、評価者が変わっても同じ評価ができますか?」と問いかけると、大抵は書き直しが必要になる。レベル感、つまりこの目標がS評価なのかB評価なのかの目線を期初にすり合わせておくことで、サプライズは激減しました。
岡田さん
私は達成と未達の両方を言語化するやり方を取りました。「この目標が達成できたと判断できる状態はどんな状態ですか?」と聞くだけでなく、「逆に、まだ足りないと言える状態はどんな状態ですか?」も話し合う。両面を言葉にして合意しておくと、期末に認識がズレる余地がほとんどなくなります。
キーワード解説
期初の握り:目標設定時に上司と部下が「達成の判断基準」を具体的にすり合わせること。「何をしたら100点か」を定量的に合意し、双方がサインする運用にすると、評価面談での「サプライズ」を構造的に防げる。
「ちゃんと見てくれている」──結果だけじゃないプロセス評価
──とはいえ、結果が出なかった場合、部下の納得感を得るのは難しいのではないですか?
幸田さん
そこで重要なのがプロセス評価です。結果が7〜8割の比重を占めるのは前提として、プロセスで生まれた組織の活性化やチャレンジを加点する。たとえば5段階評価で結果が「2」でも、プロセスの貢献を評価して「2.2」にする。「ちゃんと見てくれている」という実感が、評価への納得感に直結するんです。結果が振るわなかった部下に「でもあなたのプロセスにはこういう価値があった」と言えるかどうか。それが上司の仕事です。
岡田さん
私は「自己ベスト更新」をキーワードにしていました。「すごいことをやれ」ではなく、「昨日の自分を超えろ」。数値化しにくい事務職では特に効きました。そのうえで中間面談では「やりたくないこと」「嫌なこと」を聞き出して、思い切ってやめさせる。「引き算」ですね。業務の引き算をしてくれた上司を、部下は味方だと認識する。そうなると目標への主体性がまるで変わります。
会社方針を「翻訳」する──「なんでこの目標なの?」に答えられるか
──個人の目標以前に、「そもそも会社が何を目指しているのか分からない」という声もよく聞きます。
藤本さん
まさにその通りで、全社サーベイでも「会社方針が伝わっていない」は常にスコアが低い項目でした。方針だけ出されても「なんでそうなったのか」が分からなければ、自分の仕事に落とし込めない。経営目標をそのまま現場に降ろすのは「翻訳」じゃなくて「押し付け」です。私たちは事業部長から従業員に直接説明するタウンホールミーティングを導入し、「なぜこの方針なのか」「うちの事業部は何をやるのか」を噛み砕いて伝える場を作りました。結果として納得度もエンゲージメントのスコアも大幅に上がっています。
岡田さん
事務部門だと「自分の仕事がお客様のどこに届いているか」が見えないのが最大の問題でした。パーツの作業しか見えていない状態で「目標を書け」と言われても、書きようがない。だからまず「あなたの仕事は全体のここに貢献している」という大きな絵を共有するところから始めたんです。そこが見えると、「じゃあ自分はこの部分をこう良くしたい」と自発的に目標が出てくるようになりました。
キーワード解説
Will-Can-Must面談:「本人がやりたいこと(Will)」「できること(Can)」「会社がやってほしいこと(Must)」を分けて対話するフレームワーク。半期に1度実施することで、業務報告に留まりがちな1on1に「テーマ」が生まれ、対話の質が転換する。
マネージャーの”目線合わせ”──クロスレビューと現場介入
──目標の質はマネージャーによって大きくばらつきそうですが、どう底上げしましたか?
幸田さん
目標設定の質を決めるのは制度じゃない。マネージャーの力量です。そこで導入したのがクロスレビュー。本部のトップ評価者たちが集まって、それぞれが見ているメンバーの目標を横に並べて議論する。「この人のグレードに対してこの目標は高すぎないか」「ここは甘すぎないか」。こうやっているうちに、部門を超えた暗黙のガイドラインが形成されるんです。
藤本さん
うちでは研修に加えて、上位上長とHRが目標設定プロセスに直接介入する運用を導入しました。研修だけだと「学んだけど現場で使えない」で終わりがちですが、実際に目標シートを見て方向性や粒度を横並びで確認・調整するプロセスを組み込んだ。この現場フォローが一番効きました。目標の具体性は目に見えて向上しましたね。
岡田さん
私はちょっとユニークなアプローチで、「図上演習」を活用しています。クライシスマネジメント(危機管理)の手法なんですが、管理職を集めて緊急事態のシナリオを与え、役割を逆転させる。若手が部長役、部長が現場役。すると管理職が現場の実務を知らないことが露呈するんです。部下の提案のほうが的確だと分かったとき、上司は自分の視野の狭さを認めざるを得なくなる。これが結果的に、目標設定でも部下の声を聞く姿勢につながっています。
生成AIが変える目標管理──三者三様の「壁打ち」
──最近は生成AIを目標設定に活用する動きもあると聞きます。皆さんはどう使っていますか?
幸田さん
私はChatGPTを「曖昧表現チェッカー」として使っています。目標文言を読み込ませて、曖昧な表現がないかを洗い出す。「これ、頑張るって書いてあるだけですよね?」とAIに容赦なく指摘される(笑)。自己評価と結果を照合して、評価が適正かを検証するのにも使います。レイヤーごとにプロンプトを分けていて、メンバーの目標を見るときと、部長がマネージャーの目標を見るときでは視点が違うので、それに合わせて調整しています。
岡田さん
私はちょっと違うアプローチで、AIを「思考の鏡」と位置づけています。自分のブログやSNSの文章を半年分ChatGPTに読み込ませて、「マイChatGPT」を構築したんです。すると、自分の言葉に近い文章を自動的に生成してくれるようになる。さらに面白いのは、メンバーの文章を定期的にAIにサンプリングさせると、言語の乱れから精神状態の変化を検知できること。いつもと違う書き方をしていたら「この人、何か悩んでいるかも」と気づけるんです。
藤本さん
うちは社内生成AIを活用しています。個人情報や社内情報を入れても安全な環境なので、「抽象的な目標を具体化するプロンプト」を管理職に公開しました。部下の目標の適切性を確認したり、面談前にシナリオをシミュレーションしたり。「部下がこう言ってきたらどう返すか」を事前にAIと練習できるのは、特にコミュニケーションが得意でない技術系の管理職に好評です。
3人のAI活用法まとめ
幸田さん:曖昧表現チェッカー──目標文言の曖昧さをAIで洗い出し。レイヤーごとにプロンプトを使い分け
岡田さん:思考の鏡──自分の文章を学習させた「マイChatGPT」で言語化を自動化。メンバーの変化も検知
藤本さん:面談シミュレーション──社内生成AIで目標の具体化を支援。面談シナリオの事前練習にも活用
まとめ
評価で揉めるのは、制度が悪いからではない。3人の実践から一貫して見えてきたのは、「運用」こそが成否を分けるという事実でした。
藤本さんの「100点のゴールを先に定量的に握る」、岡田さんの「達成と未達の両方を言語化する」、幸田さんの「目標文言の赤入れ義務化」。いずれも「評価の前に合意がある」という状態を作る技術です。
そしてAI活用では、曖昧表現の検知から面談シミュレーションまで、三者三様のアプローチが出揃いました。共通しているのは「AIは答えを出すものではなく、思考の壁打ち相手」だということ。
藤本さんの言葉で締めくくります。
「目標設定はセンスじゃない。テクニックです。テクニックは学べる」
明日からできる3つのチェックポイント
評価面談で「こんなはずじゃなかった」を防ぐために、これだけは押さえてください。
- 100点の定義:「こうしたら100点」を期初に部下と定量的に握る。握っていない目標は、評価できない目標と同じ
- プロセスの加点:結果が出なくても「ちゃんと見ていた」を伝える。加点方式でプロセスの価値を評価に反映する
- AIで壁打ち:目標文言をChatGPTに読ませてみる。「曖昧ですね」と指摘されたら、それは部下にも伝わっていない証拠
制度を変える前に、まず「握り方」を変えてみてください。