退職金前払い制度とは? メリット・デメリット、確定拠出年金

退職金前払い制度とは、給料やボーナスに加算する形で在職中に退職金を支払う制度のこと。メリット、デメリット、従業員が損をするケースなどを解説します。

1.退職金前払い制度とは?

退職金前払い制度とは、給料やボーナスに上乗せする形で退職金の一部を在職中に毎月支払う制度です。退職金は従業員の退職時にまとめて支払われるのが一般的でしたが近年、前払い制度を採用する企業が増えています。

厚生労働省の「令和3年 労働組合活動等に関する実態調査 結果の概況」によると、退職金前払い制度を採用している企業は11.6%でした。

なお退職金の支給義務はないため、退職金制度や退職金前払い制度ではなく、企業型DC(企業型確定拠出年金)を導入している企業も少なくありません。自社がどのような制度を採用しているかは、就業規則などで確認できます。

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退職金前払い制度が普及する背景

退職金前払い制度の始まりだといわれているのは、1998年に松下電器産業(現在のパナソニック)が採用した「全額給与支払い型社員制度」です。

従来の退職金制度は勤続年数に応じて支給額が増加していきます。ひとつの企業で定年まで働くのが一般的だった時代の従業員にとっては、喜ばしい制度でした。

しかし終身雇用が崩壊し、キャリア形成の一環として転職が一般化した現代社会では、定年まで勤める従業員が減少。従業員の自由な働き方に柔軟に対応していくため、退職金前払い制度を採用する企業が増加しています。

なお松下電器産業が退職金前払い制度を導入した目的も、月々の報酬アップによる従業員のモチベーション向上でした。

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2.退職金前払い制度のメリット

退職金前払い制度は、従業員側も企業側もメリットを得られる制度です。ここではそれぞれの観点から説明しましょう。

企業側

退職金前払い制度の導入で、企業側は次のようなメリットが期待できます。これらは企業の中長期的な経営や成長を促進に寄与するでしょう。

  1. 金銭的負担が減る
  2. 財務面での負債が減る
  3. 月給を高く設定できる

①金銭的負担が減る

退職金前払い制度を採用すると、従業員の退職時に企業が支払う退職金の額が減るため、企業の金銭的な負担が減少します。

従来の退職金制度では、退職金の支払いに多額の資金を用意する必要がありました。中央労働委員会の「令和3年賃金事情等総合調査」による退職金の平均支給額は次のとおりです。

  • 定年退職:1,872.9万円
  • 会社都合での退職:1,197.2万円
  • 自己都合での退職:447.3万円

定年退職する従業員が10人いる場合、上記の平均支給額をもとに計算した退職金の総額は「1,872.9万円×10人=18,729万円」。同年に約1.9億円もの退職金を支払うと、企業のキャッシュフローがひっ迫しかねません。

退職金前払い制度は退職金の支払いを分割して行うため、一度に多額の支払いをせずに済みます。

②財務面での負債が減る

退職金前払い制度は、財務上にもメリットをもたらします。そのひとつが「退職給付引当金」が不要となる点です。

退職給付引当金とは、退職金の支払いに備えて企業が積み立てる資金のことで、会計上において「負債の部」(固定負債)に計上されます。

退職給付引当金が多いと負債が増えたように見えるため、融資先や取引先からの信用評価に悪影響をおよぼすことがあるのです。

退職金前払い制度では退職金を賃金の一部として支給するため、「損金」として扱います。さらに支賃貸借表上では給後の現金を「流動資産」に計上するため、「支払い能力が高い企業」と見なされることもあります。

③月給を高く設定できる

退職金前払い制度では退職金は賃金に上乗せして支払うため、求人広告で従来の月給よりも高額を設定できます。

月給が高いと求職者の注目を集めやすくなり、企業イメージも向上し、優秀な人材の獲得にもつながるでしょう。従業員の福利厚生に力を入れている点も求職者へのアピールポイントとなります。

近年では退職金前払い制度のほかに、通常の退職金制度や確定拠出年金などを併用する企業も増加。福利厚生の充実もまた求職者へのアピール材料として活用できます。

従業員側

退職金前払い制度にシフトすると、従業員側は収入が安定しやすくなります。具体的なメリットは次のふたつです。

  1. 手取り額が増える
  2. 退職金の廃止・減額のリスクが減る

①手取り額が増える

退職金前払い制度では退職金の一部が毎月支払われるため、従業員の手取り額が増加するのです。

自由に使えるお金が増えると生活が安定し、ライフスタイルの充実やキャリア形成などに充てられます。たとえば「結婚や子育てのための貯蓄」「豊かな老後に備えての投資」「キャリアアップのための勉強」などです。

また手取り額の増加は、労働意欲やエンゲージメントの向上といった効果も期待できます。

②退職金の廃止・減額のリスクが減る

退職金前払い制度は、従来の退職金制度と比較して支給の停止や減額のリスクが軽減します。

従来の退職金制度は、一定期間以上勤続した従業員へ支給する制度。よって支給されるまでに自社の財務状態が悪化した場合、退職金の減額や退職金制度そのものが廃止される可能性もあるのです。

なお万が一退職金前払い制度が減額または廃止されたとしても、在籍中に前払い制度が廃止された退職金を返還する必要はありません。自己都合退職した場合や懲戒解雇を受けた場合も同様です。

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3.退職金前払い制度のデメリット

退職金前払い制度には、従業員側と企業側にそれぞれデメリットも存在します。デメリットもふまえたうえで導入すべきか検討しましょう。

企業側

退職金前払い制度の採用で企業側が受けるデメリットは次の3つです。これらのデメリットは、退職金が給与の一部として扱われることから生じます。

  1. 社会保険料の負担が増える
  2. 支払済の退職金は没収できない
  3. 離職への抑止力が弱まる

①社会保険料の負担が増える

退職金前払い制度の採用により、企業が負担する社会保険料が増加する可能性があります。

たとえば健康保険料と厚生年金保険料は、従業員の賃金額に応じて標準報酬の等級が決まり、保険料が増減する仕組みです。これらの保険料は、半額を企業が負担します。

雇用保険料は各従業員の月額賃金に保険料率を掛けて計算し、全額を企業が負担。労災保険料は全従業員の賃金総額に保険料率を掛けて計算し、全額を企業が負担しています。

退職金前払い制度で従業員の給与額が上昇するほど、企業が支払う社会保険料も増大するのです。

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②支払済の退職金は没収できない

退職金前払い制度では退職金が給与の一部として扱われるため、支払済の退職金の没収や返還はできません。誤って給与を多く払いすぎたなどの理由でなければ、法律上で給与の返還を認めていないからです。

従来の退職金制度では、懲戒解雇された場合に退職金の減額や不支給の規定を設けられるのが一般的でした。退職後であってもこの規定を適用できるため、不正や不祥事を抑止する効果があったのです。

退職金前払い制度では、懲戒解雇した従業員であっても退職金の没収や返還を強要できません。不正や不祥事に対する抑止効果が薄れ、社内のモラルやリスクに対する意識が低下する恐れがあります。

③離職への抑止力が弱まる

退職金前払い制度では退職金の額が勤続年数に影響しないため、従業員の離職率が上昇するかもしれません。

従来の退職金制度は、勤続年数に応じて支払われる退職金が増額されるのが一般的です。そのため「できるだけ長く勤めよう」と考える従業員も多く、離職を抑止する効果がありました。

退職金前払い制度の場合、長期勤続への意識が薄れるため、従業員が気軽に転職する可能性があります。

従業員側

退職金前払い制度で従業員側が受けるデメリットは次の3つです。給与が上がるとそれにともなって税金や保険料の負担も増加します。

  1. 税金の優遇措置が受けられない
  2. 社会保険料や税金の負担が重くなる
  3. 計画的に運用できなくなる

①税金の優遇措置が受けられない

前払いで受け取った退職金は、税法上の優遇措置を受けられません。一方従来の退職金(退職一時金)は「退職所得」に該当し、「退職所得控除」という税金の優遇措置を適用できます。

課税対象となる退職所得は次の計算で算出します。

退職所得=(源泉徴収される前の収入金額-退職所得控除額)×1/2

上記の退職所得控除は勤続年数によって異なるのです。

  • 勤続年数20年以下の場合:退職所得控除額=40万円×勤続年数で最低控除額は80万円
  • 勤続年数20年超の場合:退職所得控除額=800万円+70万円×(勤続年数-20年)

②社会保険料・税金の負担が重くなる

退職金前払い制度の退職金は給与として扱われるため、所得税や住民税の課税対象となります。課税所得をもとに標準報酬月額が決定されるため、社会保険料も増加するかもしれません。

退職金前払い制度で手取り金額が増えても税金や社会保険料の支払いが大きくなるため、人によってはあまり恩恵を感じられない可能性があります。

③計画的に運用できなくなる

退職金前払い制度では退職金を受け取っているという実感が乏しくなるため、人によっては計画的な運用が難しいかもしれません。

退職金は本来、退職後や定年後の生活費となる重要な資金ですし、ローンの返済や自宅のリフォーム費用などに充てる人もいるでしょう。

しかし毎月の給与として退職金が支払われると、毎月気軽に使える金額が増えたように感じて散財してしまう恐れもあるのです。退職後の転職活動期間や老後の生活に備えて、計画的に運用するように心がけましょう。

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4.退職金前払い制度と企業型確定拠出年金の違い

企業型確定拠出年金(企業DC)は、企業が毎月拠出する掛け金を従業員が運用し、将来年金として受け取れる制度です。確定拠出年金は私的年金制度の一種で、目的は公的年金の不足分を補うこと。

そのため退職金前払い制度と企業DCと併用する企業も少なくありません。なお企業DCにおいて、従業員が運用できるのは企業が選定した商品に限られ、運用益は非課税で受け取れます。両者の違いは次のとおりです。

【受取時期】

  • 退職金前払い制度:毎月
  • 企業型確定拠出年金(企業DC):60歳から70歳まで

【税金】

  • 退職金前払い制度:課税対象(所得税と住民税の対象となる)
  • 企業型確定拠出年金(企業DC):非課税(全額所得控除の対象となる)

【損失の可能性】

  • 退職金前払い制度:なし
  • 企業型確定拠出年金(企業DC):商品によっては投資金額を下回る元本割れを起こす可能性あり

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5.退職金前払い制度で損をするケース

退職金前払い制度で従業員が損をするケースとして、標準報酬月額の等級が上がって従業員が支払う社会保険料や税負担の増加が挙げられます。

まずは東京都の「令和6年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表」から3つの標準報酬月額を見てみましょう。なお等級の( )は、厚生年金保険料の等級です。

【等級:22(19)】

  • 標準報酬月額:29〜31万円
  • 健康保険料 40歳未満:1万4,970円、40歳以上:1万7,370円
  • 厚生年金保険料:2万7,450円

【等級:23(20)】

  • 標準報酬月額:31~33万円
  • 健康保険料 40歳未満:15,968円、40歳以上:1万8,528円
  • 厚生年金保険料:2万9,280円

【等級:24(21)】

  • 標準報酬月額:33~35万円
  • 健康保険料 40歳未満:1万6,966円、40歳以上:1万9,686円
  • 厚生年金保険料:3万1,110円

社会保険料が上がった結果、損をするケース

退職金前払い制度によって社会保険料が上がり、従業員が損をするケースを解説します。会社員Aさん(43歳)の給与は30万円、社会保険料は次の金額でした。

  • 等級:22(19)
  • 健康保険料(40歳以上):1万7,370円
  • 厚生年金保険料:27,450円
  • 月々の社会保険料合計:4万4,820円

退職金前払い制度の採用後、Aさんの給与は34万円に増加し、等級は24(21)に上昇。社会保険料は次のように変化します。

  • 等級:24(21)
  • 健康保険料(40歳以上):1万9,686円
  • 厚生年金保険料:3万1,110円
  • 月々の社会保険料合計:5万786円

その結果、Aさんの社会保険料の負担は月々5,976円、年間7万1,712円増加しました。詳細は次のとおりです。

  • 月々の社会保険料差額:5,976円(5万786円-4万4,820円=5,976円)
  • 年間の社会保険料の差額:7万1,712円(5,976円×12か月)