キャリア面談、どうしたら”社員のため”になるのか?

キャリア面談、それ本当に”社員のため”ですか?

「評価のための確認作業」に終始してしまい、部下の本音が引き出せない。 会社都合のキャリアを押し付け、かえってモチベーションを下げてしまう。 そんな悪循環を断ち切り、社員が自ら動き出す「対話」を生むには、どうすればよいのでしょうか。

──本当に面談に意味があるのかを問い直します。

社員本人の価値観を起点にキャリア面談を設計する
この記事では、社員本人の価値観を起点にキャリア面談を設計する具体的なアプローチを、経験豊富な3名の人事担当者との対談形式で紹介します。

お話を伺った方々

高橋さん
大手IT企業で長年人事を担当。現在は独立し、コンサルタントとして中小企業を支援

木元さん
HRBPとしてデータドリブンな人事施策を推進。理論と実践の両面に精通

藤井さん
外資系企業でリモート環境での人事制度設計を経験。現在は組織開発に特化

会社都合で歪むキャリア面談の現実

──キャリア面談が「会社のため」になってしまう問題についてどう思いますか?

高橋さん高橋さん

以前の会社では評価面談と並行して、社員に「将来どうしたいか」を書かせる仕組みがありました。でも実際は「なぜこれを書いた?」と上司が理由を問いただし、部署の都合を優先することが多かった。本当に社員本人のためになっていたか疑問です。

木元さん木元さん

そうですね。私がいた会社では9ボックスで「パフォーマンス×バリュー発揮度」を評価して育成課題を設定していました。数値で分かりやすい反面、「昇格させるために必要なことは?」という会社目線に寄ってしまうんです。

藤井さん藤井さん

現場感で言えばまさにその通りです。前職ではポジションやインターナショナルトランスファーの機会は多かったのに、停滞している人ほど「この会社でやっていけるのか」と会社都合で扱われる。本人の価値観より「会社に残すかどうか」が優先されてしまう傾向がありました。

──皆さんの経験から、キャリア面談が「社員の希望を聞く場」から「会社の意向を伝える場」にすり替わってしまう構造的な問題が見えてきますね。

キーワード解説
9ボックス:縦軸に「パフォーマンス(業績)」、横軸に「ポテンシャル(潜在能力)」や「バリュー発揮度(価値観の体現)」を配置し、社員を9つのマトリクスで評価する人材マネジメント手法。育成方針や配置戦略を可視化できる一方、会社目線の評価に偏りやすい。

「採用やりたい」の軽い希望が示す落とし穴

──社員の希望をどう扱うべきでしょうか?

高橋さん高橋さん

若い社員が「採用をやりたい」と突然言い出したことがあります。彼は予算管理で力を発揮していたのに、「楽しそうだから」という理由でした。よく話し合った結果、経営管理部署に送り出しました。こうした対話を通じて「本人が本当に何をやりたいか、何が適性か」を一緒に考えることが重要だと感じます。

藤井さん藤井さん

それは確かにありますね。今はAIの時代。スキルを変えないとキャリアは続きません。現場社員には「今の仕事の延長」だけではなく、新しいスキルにアンテナを貼らせる支援が必要です。

木元さん木元さん

表面的な希望に流されず「なぜそう思うのか」を深掘りすることが欠かせません。本人の価値観や将来像を聞き出し、キャリア支援を”会社の都合”から”本人の人生”へとシフトさせる必要があります。

──表面的な希望の裏にある本質を見極めることが大切なんですね。特に時代の変化が激しい今、「今の延長線上」だけで考えないことの重要性を感じます。

価値観とライフプランから逆算する面談設計

──社員目線のキャリア面談にするには?

高橋さん高橋さん

頻度は半年に一度くらいでも十分。ただし直属上司ではなく、少し離れた立場の人が話を聞くのが効果的です。ライフプランも真剣に扱う必要があります。特に若手女性社員の場合、「キャリアと家庭をどう両立するか」を早めに考えないといけない。出産や育児を前に悠長に構えていられない現実があります。

木元さん木元さん

私はキャリア面談にもタスクアセスメントモデルを使います。最初に自己効力感(できそうだと思える感覚)を持たせ、次に影響感・有意味感・自己決定感へと進める。段階的に「私やります」と本人が言える状態に導く。フレームワークがあると迷わずに進められます。

藤井さん藤井さん

会社としては社内だけでなく「社外でも通用するスキル開発」を支援すべきです。AIやDXの進展で仕事が変わっていく時代、社員が市場価値を持てるようにしないと流動性を確保できません。

──直属上司以外が担当する理由、ライフプランの重要性、そして社外でも通用するスキル開発という視点。どれも「社員を会社に囲い込まない」という発想の転換が前提になっていますね。

キーワード解説
タスクアセスメントモデル:仕事に対するモチベーションを4つの感覚で評価するフレームワーク。
・自己効力感:「やればできる」という自信
・影響感:「自分の仕事が価値を生んでいる」という実感
・有意味感:「この仕事には意味がある」という納得感
・自己決定感:「自分で選択している」という主体性

市場価値:特定の会社に依存せず、労働市場全体で評価されるスキルや経験の価値。転職可能性を高め、キャリアの選択肢を広げる。

社員が主体的に動き出した瞬間

──効果を実感できた例は?

高橋さん高橋さん

若手社員に「それで本当にいいのか?」と問い直すと、最初は軽い気持ちで言っていた希望が変わり、真剣にスキル習得を考えるようになりました。面談が本人の気づきを生む瞬間でした。

木元さん木元さん

データでも変化を確認できました。ある部署でエンゲージメントスコアが改善。価値観を引き出し、組織の方向性と本人の成長を結びつける仕掛けをすると、社員が自発的に挑戦するようになったんです。

藤井さん藤井さん

私も経験があります。停滞している社員に「この会社に残るかどうか」だけでなく「他の選択肢も含めて何がベストか」を一緒に考えた。本人が納得すると行動が変わり、新しいチャレンジを自ら選ぶようになりました。

──どのケースでも、社員が「気づき」を得て主体的に動き出したことが共通していますね。数値的な改善も含めて、価値観を起点にした対話の効果が明確に表れています。

キーワード解説
エンゲージメントスコア:社員の仕事や組織に対する愛着度・貢献意欲を数値化した指標。高いスコアは生産性向上や離職率低下と相関があり、組織の健全性を測る重要な指標とされる。

理想的なキャリア支援の担い手とは

──社員のためのキャリア支援を実現するには、誰が担当すべきでしょうか?

高橋さん高橋さん

理想はHRBPですが、日本ではまだ概念が未熟です。GEのように経営者の片腕としてCHROが機能している会社は少ない。現実的には役職定年後の人材をメンターに活用するのも有効だと思います。

藤井さん藤井さん

いまのキャリア支援で最重要なのは「スキルの変化に対応させること」です。AIによって今の仕事がなくなるかもしれない。その中で社員にアンテナを貼らせ、新しいスキルを獲得させる。これを人事が支える必要があります。

木元さん木元さん

私は「理論と実践の両立」が鍵だと思います。フレームワークを持ちつつ、現場の状況に応じて柔軟に使う。その両方があってこそ、本当に社員のためのキャリア支援が成立します。

──HRBPの理想と現実のギャップ、AI時代のスキル変化への対応、そして理論と実践のバランス。キャリア支援の担い手には多様な視点と能力が求められることがよく分かります。

キーワード解説
HRBP(HRビジネスパートナー):経営戦略に基づいて人事施策を企画・実行し、事業部門と密接に連携しながら組織の成果向上を支援する人事担当者。経営と現場を結ぶ戦略的な役割を担う。

CHRO(最高人事責任者):Chief Human Resources Officerの略。経営陣の一員として人事戦略を統括し、経営戦略と人材戦略を連動させる最高責任者。

まとめ

この座談会で見えた共通点は、会社目線から社員目線へ転換するための徹底した価値観重視でした。

高橋さんの「適性発見のエピソード」藤井さんの「AI時代のスキル支援」木元さんの「データとフレームワークによる行動変化」──いずれも社員本人の価値観を起点にしていました。

あなたのキャリア面談は、社員の未来を起点にしていますか?

社員のためのキャリア面談3つのチェックポイント

次の面談の前に、これらを確認してみてください。

  1. 価値観の深掘り:社員の本当の価値観や人生設計を聞けているか?(表面的な希望に流されない
  2. 選択肢の提示:社内外を問わず最適な選択肢を示せているか?(閉じたキャリア支援にしない
  3. 継続的支援:一度で終わらず、定期的にフォローできているか?(習慣化することで行動が変わる

会社のためのキャリア面談から、社員のためのキャリア面談へ──その第一歩は「価値観を起点にした対話設計」です。