ナッジとは? 理論の定義、事例、活用方法をわかりやすく解説

「ナッジ」とは、行動科学にもとづき人の行動を後押しする無意識下に働きかける促進方法です。今回はナッジについて解説します。

1.ナッジとは?

ナッジとは、よい選択をするように「そっと後押しする」こと。罰則やインセンティブなど行動を制限したり限定したりせず無意識下に働きかけて、本人が良い選択をできるように後押しします。

ナッジは行動経済学の理論

ナッジ(nudge)は、アメリカのシカゴ大学リチャード・セイラー教授が提唱した行動理論。「nudge」は英語で「軽くひじ先でつつく、背中を押す」ことを意味します。

ナッジの目的は、行動を宣言したり強制したりせずにちょっとしたきっかけを与え、本人が無意識によい選択をするように誘導することです。生活の中でも取り入れられているため、無意識のうちに誘導されている場合もあるでしょう。

ナッジの例

一番有名な実用例は、男子トイレの例です。男子トイレの小便器の中にハエの絵を描き、小便の的を無意識下に絞らせて、床の清掃費をコストダウンさせました。簡易的にもかかわらず大きな効果が得られた例のひとつです。

また整列する列の床に足跡や線を描いた結果、列を乱さず並べるようになったという事例もあり、これは現在の日本でもよく見られています。ほかにも以下のような例があるのです。

  • インターネットなどで会員登録をする際に、メルマガ登録のチェックボックスをあらかじめチェックされるように設定しておき、登録不要の人はチェックを外す仕様にする
  • 飲食店のメニューで、特定のメニューに「おすすめ」と記載する

ナッジの関連用語

ナッジの関連用語に、「リバタリアン・パターナリズム」があります。パターナリズムとは、親や医師権力者が知的弱者や子どもなどの行動に介入し、行動を制限し強制、誘導する思想のこと。「リバタリアン」は、「個々の自由を追求する人」となります。

よってリバタリアン・パターナリズムは、「個人の自由意思を尊重したまま、良い方向に進むよう誘導・介入する思想」という意味になるのです。

リバタリアン・パターナリズムの例では、アメリカの災害時の避難勧告が挙げられます。避難勧告を出した際、「避難しない人は個人が判別できるIDを体に書いてください」と通知しました。

一見、避難するかどうか個人の自由ともとれる通知です。しかし避難しないと死ぬかもしれないと意識させて避難行動を促進させたのでした。

ナッジとは、そっと後押しをしてよい方向へ誘導するために、環境の配備をする無意識下に働きかける行動理論です

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2.ナッジの構成要素

ナッジの構成要素に「EAST」(下記4つの頭文字を取ってEASTとされている)と呼ばれるフレームワークがあります。ここでは、EASTについて説明しましょう。

  1. Easy(かんたん)
  2. Attractive(魅力的)
  3. Social(社会的)
  4. Timely(時宜にかなった)

①Easy(かんたん)

「Easy」は行動の難易度を下げること。分かりやすいあるいはとっかかりやすいという要素がナッジにも必要です。

たとえば難しい内容が大量に書いてある資料より、ポイントを抜き出したような分かりやすい資料のほうが、読み進めやすいもの。

英語や漢字にフリガナをつけたり、和訳やひらがなを適度に組み込んだりすると、資料を読むという行動の難易度を下げられます。

また選択肢を狭めて行動へのハードルを下げるのもひとつの方法です。手軽に回答できるように、アンケートの回答欄を減らすあるいは選択式にするようにしたところ、回答率が上がったという事例があります。

②Attractive(魅力的)

「Attractive」は魅力的な選択肢を用意すること。多くの人は魅力的だと感じる選択肢を選ぶ傾向にあります。そこには損失を避けたいという気持ちが含まれているのです。

たとえば何かを得る喜びと何かを失う痛みを天秤にかけたとき、無意識に失う痛みを避けようとする行動が該当するでしょう。

ある地域の企業が、空き瓶を拾って回収に協力すると報酬が得られるリサイクル機を設置しました。しかし空き瓶が回収されなかったため、リサイクル費を上乗せして販売したところ、多くの人が空き瓶をリサイクルするようになったのです。

これは損をしたくないという心理を後押しした例といえるでしょう。

③Social(社会的)

「Social」は社会的な行動だと意識させること。人は「周囲の人々が取っている行動であれば自分も同じように行動しよう」と考える傾向にあります。

「これだけの人がやっています・あなた以外の人はこちらの選択をしました」など、ほかの人がどのような行動を取ったか伝えるだけでも、よい行動へ誘導できるのです。

④Timely(時宜にかなった)

「Timely」は適切なタイミングで行動を促すこと。行動を起こそうとするタイミングは人によって変わるもの。またタイミングを狙うだけでなく、優先事項として上位に入るようにタイミングを調整するのも大切です。

たとえば生命保険加入の場合、社会人になった1年目の時期と結婚が決まったときに加入する人が多いという統計があります。ライフステージが変わった際、今後の人生を考える機会が増えるからでしょう。

ナッジを構成要素する4つのEASTを意識すれば、人の行動を誘導できます。無闇に行動を誘導するのは難しいため、行動心理を理解しておきましょう

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3.ナッジ理論が有効な場面

ナッジ理論は政府や企業、もちろん個人においても活用されているのです。とくに選択や結果を得るのが難しいとき、ナッジ理論が役立ちます。ここでは下記3点から、ナッジを有効に活用できる場面について説明しましょう。

  1. 選択が難しい
  2. フィードバックが得られない
  3. 選択の結果が分からない

①選択が難しい

自分の意思では選択が難しいときに有効です。人は生活のなかさまざまな選択をしています。選択できる自由は良いように感じるものの、何かを自分で選択しなければいけないという意識は、人や状況によっては責任感やストレスになりえるのです。

そのため「選択しなくてもよい」という状況では、人は負荷が少ない選択肢を優先する傾向にあります。

たとえば料亭で「本日のおすすめ」が注文されやすい理由は、「考えなくてもお店のおすすめだから間違いないだろう」と、ほかのメニューを選択しなくてよくなるからです。

②フィードバックが得られない

フィードバックがないと、良い行動なのか本人も分かりません。フィードバックを伝えて本人に学ばせ、望ましい方向へと誘導するのもナッジ理論の活用です。

たとえばインターネットなどで会員登録をする際、電話番号を全角で入力したときに「半角でないと登録できません」と赤文字でフィードバックすると、本人は「数字入力は半角」と学習します。

これは次に住所の数字を入力するとき、半角で住所を打ち込むようナッジ理論で誘導した例といえるでしょう。

③選択の結果が分からない

ナッジ理論が最も有効な場面は、選択した後にすぐに結果が得られない場面です。たとえば買い物や食事といった日常の選択は、結果がその場、あるいは数日中には分かるため、人は自分の意思で選択しようとします。

しかし環境問題や健康問題などはすぐに結果を得られないため、人々は「選択しない・何もしない」という行動を選択しがちなのです。結果が分かりにくい選択を誘導したいときにナッジ理論を取り入れると、選択を誘導できるでしょう。

ナッジ理論は、選択が難しいときやフィードバックが得られないときに有効です。なかでも「選択の結果が分からない」という理由で選択しない人を誘導するときに、最も効果を得られます

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4.ナッジにおける6つの基本原則

ナッジを有効活用するためにも、6つの基本原則を押さえておきましょう。6つの基本原則は以下の6つの頭文字をナッジのスペルに当て込んで、「NUDGES」と表されます。

  1. インセンティブ(iNcentives)
  2. マッピングを理解する(Understanding mappings)
  3. デフォルト(Defaults)
  4. フィードバックを与える(Give feedback)
  5. エラーを予期する(Expect error)
  6. 複雑な選択を体系化(Structure complex choices)

①インセンティブ(iNcentives)

「インセンティブ(iNcentives)」は、メリットを与えること。ナッジでは、金銭的なインセンティブを提示して強制的に行動を促しません。しかしナッジの基本原則において、行動を起こすにはメリットが必要だと考えられているのです。

「これをすると巡り巡って自分のためにもなる・この行動をしなければ損をしてしまう」といったメリットは、自分で選択をする際の指標となります。そのためインセンティブ要素を組み込むことが基本に含まれているのです。

②マッピングを理解する(Understanding mappings)

「マッピングを理解する(Understanding mappings)」は、選択肢と結果を紐付けること。行動に対しての結果が分からなければ、人はアクションを起こしにくいものです。

このとき「こうすればこのような良い効果が得られます」などと伝えられると、その行動を選択しやすくなります。ナッジ理論の基本原則は、選択する出来事で起きるであろう結果を予測し、理解させて良い方向へ誘導することなのです。

③デフォルト(Defaults)

「デフォルト(Defaults)」は行動を初期設定にすること。人の持つ「与えられた環境を維持したい」と思う気持ちを活用し、誘導する行動をデフォルト(初期設定)にするという手法です。

会員登録制度で、「初月はトライアル期間で無料」というシステムにした場合を例に見てみましょう。この場合、無料期間が終わっても、慣れた環境を変えるのが億劫になり、このままでもよいかと自動継続に進む人が多いとされています。

これは、変更をせず初期設定のまま使いたいという人間心理を後押ししたナッジの活用例です。

④フィードバックを与える(Give feedback)

「フィードバックを与える(Give feedback)」とは、良い方向へ誘導するためにフィードバックすること。自分が起こした行動に対してどのような結果が生まれたのかをフィードバックすれば、次回の行動を誘導できるのです。

また行動に対する結果をこまめにフィードバックすると、客観的に見るくせがつきます。結果、フィードバックがなくても改良点や反省点を見出せるようになるのです。

⑤エラーを予期する(Expect error)

「エラーを予期する(Expect error)」は、エラーや過ちを予期して先手を打っておくこと。

ナッジの活用によって、必ずしも望んだ行動を得られるとは限りません。場合によってはエラーや過ちも起こりえます。そこでナッジ理論では、エラーや過ちを回避するための行動へ誘導するのです。

たとえば服薬期間中に数日服用を止めなくてはならない日があったとしましょう。しかしついうっかり飲んでしまう場合も想定できます。そこでその日の分、偽薬を渡すとうっかり飲んでも悪影響を避けられるのです。

これはエラーを想定したうえで服用ルールを守らせる、というナッジの活用例となります。

⑥複雑な選択を体系化(Structure complex choices)

「複雑な選択を体系化(Structure complex choices)」は、選択を簡略化すること。人々の行動を誘導する際、複雑化な選択肢は避けられてしまいます。

そのためナッジでは、複雑な選択を体系化し、何も難しく考えずかんたんに良い選択ができるようにすると、基本原則に含めているのです。

たとえばインターネットショップで、その人の好みに合いそうな商品を提案する「レコメンド機能」。これは「自分で商品を探す」という複雑な選択を簡略化して購入へ誘導するナッジの例です。

人は現状を好み、よりよい結果を求めて、よりかんたんな行動を選択します。ナッジにおける基本原則は、このような人間心理をうまく活用しているのです

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5.ナッジの事例

ナッジは人々の心理作用に働きかけ、行動や物事をよい方向へ向かわせられるため、より多くの人を誘導するために、行政でも活用されているのです。ここでは、実際にナッジを利用して物事をよい方向に変えていった事例について解説しましょう。

経済産業省

2020年のレジ袋有料化にともない、経済産業省は各コンビニチェーン店でナッジを盛り込んだ実験を行いました。

  1. 基本、レジ袋を配布し、必要がない場合は「辞退カード」を提出するお店
  2. 基本、レジ袋を配布せず、必要がある場合は「申告カード」を提出してレジ袋を配布

2つのお店を設定し、全国的な実験を行いました。結果、基本、レジ袋を配布しないお店にてレジ袋を利用しない人は多かったのです。ナッジの基本原則である「デフォルト」が証明された実験といえるでしょう。

千葉県千葉市

千葉県千葉市では、特定健康診査の促進にナッジを取り入れました。毎年特定健康診査を受診するように促す案内を交付していたものの、毎年受診してくれる人は変わらず、受診しない人は相変わらず受診しないという結果になっていたのです。

そこで受診しない人に、まずは「どこで受けるか」を選択してもらう案内を交付。その結果、特定健康診査を面倒に感じていた人も、「受診する場所を決めるだけなら」と選択するようになり、その後の受診日の予約や手続きまで行うようになったのです。

選択の導入部分の難易度を緩和することで、その後の選択へ誘導しやすくする「Easy」の検証といえます。

住環境計画研究所

住環境計画研究所は、「Social」の構成要素を用いた実験を行いました。

省エネ行動を促すために、電気やガスといったエネルギーの使用量が平均的な家庭より多い世帯に「お客様のエネルギー消費量は平均的な世帯より○○円も多いですよ」といった具体的な消費量のアナウンスを実施。

その結果、世帯あたりのエネルギー消費量が減少したのです。

ナッジは身近な場所で活用されています。また「デフォルト(Defaults)・Easy(かんたん)・Social(社会的)」といったナッジの構成要素および基本原則が立証された実験や実績も多数あるのです

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6.ナッジをビジネスで活用する方法

行動経済学はビジネスシーンでも、応用できます。人の心を掴む行動経済学を理解しておけば営業活動、マーケティングで力を発揮するでしょう。ここではナッジをビジネスで活用する方法について説明します。

営業で活用

「松竹梅」理論の場合、「人間は中間のものを選ぶ傾向がある」となっています。たとえば価格の異なる3つの選択肢を提示したとき、迷った人は中間の価格を選ぶ場合が多いのです。

選ばせたい内容や購入してほしい商品を選択肢の中間レベルに置くと、松竹梅理論の効果が発揮されるため、望む選択へ誘導できるでしょう。

マーケティングで活用

行動経済学であるナッジはマーケティングとの相性も良いです。マーケティングでは、消費者が何を求め、どのようなものに価値を見出しているかが分かります。

さらにそこにナッジによる無意識下の誘導をくわえると、ブランディングや価格設定、プロモーションや売場作りといった、マーケティング戦略の開発や改善が行えるのです。

マネジメントで活用

ナッジ理論を活用すれば、強制的な命令や指示などを使わずに、社員をよい方向へ誘導できるでしょう。

たとえば「フィードバックを習慣化する(基本原則)」「報告や連絡をシステムやツールで簡略化する(Easy)」「ほかの人の状況を把握できるように進捗や品質を見える化する(Social)」などです。

営業やマーケティング、マネジメントなどでは、人の行動を誘導するナッジや行動経済学の理論が大いに役立ちます