「娘も島田電機の大ファン」社員だけでなく家族も巻き込むファンづくり(前編)

株式会社島田電機製作所
 | 総務部

工藤 学さん

2022.05.09

1933年に創業し、エレベーターの押しボタンや到着灯などの器具をオーダーメイドで製造する島田電機製作所。老舗・ニッチな製造業でありながらも、「ボタンちゃん」や「1000のボタン」などのユニークな取り組みで、数多くのメディアに取り上げられています。そんな同社の総務部長として、経理や会計、キャリア人材の採用や新人事制度の構築などを幅広く担当するのが工藤さんです。社員全員主役を掲げ、「自分らしい成長」を促し、応援する人事制度を新たに制定したばかりの同社。前編では新人事制度の構築に携わった工藤さんの経歴や、同社のファンづくりの秘訣に迫りました。

後編では、個性を活かす、島田電機のユニークな人事施策に関する話をお届け

PROFILE

工藤 学

株式会社島田電機製作所

予備校講師などを経て、大学院を修了後、税理士事務所に入社。その後、プラスチックの添加剤を製造する上場準備中のベンチャー企業を経て、島田電機へと転職。総務部長として経理や会計、キャリア人材の採用や新人事制度の構築など、総務全般を幅広く担当している。

人の期待に応えることで個性が発揮される

取材前に、オフィスを案内していただきありがとうございます!本当に素敵なオフィスで、写真映えする場所ばかりでした。

「そう言ってもらえると、紹介した甲斐があります(笑)」


島田電機がオーダーメイドで作成した1000のボタン。すべて押せるようになっており、工場見学はお子さんに大人気だそうです


入口では、島田電機のマスコットキャラクター「ボタンちゃん」が出迎えてくれました

本当に良い写真が取れました(笑)。では取材に移り、早速ですが、工藤さんのご経歴から聞いても良いですか?

「はい。大学院時代に、大学編入・転部や大学院入試を専門とする予備校で、法律学の講師を5年程勤めていましたが、大学院を修了後、税理士事務所に入社したのが、本格的な社会人としてのスタートと言ってもいいかもしれませんね」

税理士を目指されていたんですか?

「いえいえ。話せば長くなりますが、大丈夫ですか(笑)。ぼくは北海道出身。高校を卒業したタイミングで、家族や友人に大見得を切って上京しました。上京当初、新聞奨学生として新聞配達をしながら大学進学を目指した時期もありましたが、その後いろいろ遠回りして大学に進学しました。明確にやりたいことはなかったものの漠然と、国際的な仕事に興味があり、経営学部国際経営学科を選びました。入学後は、遊びほうけていたのですが、インドやベトナムをバックパッカーとして旅行したことをきっかけに外務省の専門職員になりたいと考えるようになったんです。そして、大学3年ぐらいから、図書館にこもって外務省に行くための試験勉強を行う毎日でした。当時(今はどうなっているか分かりませんが)、専門職員の試験科目は憲法・国際法・経済学でしたので、経営学部に所属していたぼくは、キャンパスをハシゴし、法学部の憲法や国際法などの法律科目も積極的に履修していましたね。大学で講義を受け、それ以外の時間は図書館で勉強と、あっという間に1日が終わっていました

なかなかハードなスケジュールですね…。

「いま思うとそうですよね(笑)。ただ、その経験のおかげで、精神的に鍛えられたと思っています。とはいえ 、残念ながら外務省に行くことは叶いませんでした。ただ、その経験はまったく無駄というわけではなく、勉強をするなかで国際人権法などに興味を持ち、将来的にはNGOなどで仕事がしてみたいと思うようになり、大学院の法学研究科に進み、法律学修士の学位を取得しました。でも今度は、研究が面白くなってしまい、憲法とくに司法権をメジャーとした研究者志望で、博士後期課程まで進んだんです。人間の人生って本当に、どの方向に進むかわからないですよね…」

そこから税理士事務所にはどういうきっかけで?

「長く研究生活を続けることは容易ではありませんでした。研究室に席を置きながら、生活のために予備校の講師をやったり警備員をやったりして生活を維持しました。予備校では、京大や阪大、神戸大などにたくさん合格させたんですよ(笑)。でも、昼間は「先生」と呼ばれていたかと思うと、夜には「警備員さん」と呼ばれ、一体、自分は何者なのか分からなくなることもありました。警備員をしているとき、予備校の教え子とばったり会って、「先生、何でそうな格好してるんすかっ!?」と驚かれたこともあります(笑)。そして、研究者として大学に就職することが、現実的に難しいと分かってきた頃、同じ予備校に勤めていた税理士の先生から、法律学修士の学位を活かし、税理士を目指してみないかと声をかけてもらいました。当時、法律学の修士号を持っていると税理士試験の税法3科目が免除になったんです。そこで、先生の事務所に入ることになりました。ですからもともと税理士を目指していたというわけではなく、知り合いの声がけがあったから、という理由が大きいですね

なるほど、それで税理士事務所に就職することになったのですね。

「はい。税務や経理業務などを通して、会社の数字を見れることはすごく面白かったですが、同時にこれまで未経験の分野でしたので本当に大変でした。入所間もない頃に、八戸に出張を命じられたことがありました。東京の会計事務所から大先生が来た、といって歓待されたのですが、中身はほぼ素人でしたので、正体がバレないか冷や汗ものでした(笑)。なかには、経理のベテランの方もいらしたので、すぐに見破られしまっていたかもしれませんね。こうして、税理士事務所で少しの間、仕事をしていたんですが、当時顧問をしていたクライアント先が上場の準備をすることになり、手伝って欲しいと言われたんです

先生からの声がけもそうですが、それもまた縁を感じますね。

「ですよね。その会社は、西新宿の著名な高層ビル内にオフィスを構えていました。少数精鋭で回すビジネスモデルがとにかくすごかった。社長と会って話をしたら、すごく魅力的な人で、若くして誰もが知っている外資系企業の事業部長になり、早い年齢で辞めて、自ら起業している方でした。周りにはあまりいないタイプだったこともあり、当時の若かった自分から見ると、とてもキラキラしていたんですよね。社長の魅力にも惹かれ、上場の準備をお手伝いしたいと思い、税理士事務所からその会社に転職することにしたんです。専門職員にしろ、研究者にしろ、自分本位でやりたいなと思ったことは、今から振り返ると実現できなかった。ただ、『人の期待に応えたい』気持ちを優先することで、自分が開拓され、自分でも気づいていない自分に合った仕事に出会え、仕事も面白くなってきた。これは後付けですが、『人の期待に応える』ことで個性は発揮されていくんだなと思いますね」

「誰と働くか」で入社を決めた島田電機

上場準備をしていた会社では、どんな業務を担当していたんですか?

「管理部の所属となり、経理業務などをメインに担当していました。また、株主総会の運営や株主総会で配る招集通知など、憲法を勉強してたんだから分かるでしょ?といった感じで、商事法務に関連した業務など幅広く担当しましたね。憲法や行政法のような公法と、民法や会社法のような私法とでは、分野が違うんですけどね(笑)。でも上場の準備をしていたので、IPOセミナーなどにも通わせていただき、かなりしっかりと勉強し直しましたね」

それで、上場はできたのですか?

「いえ、それが上場自体はできなかったんです…。リーマンショックの影響で、会社の経営が難しくなってきたのが大きな要因でした。入社当時、会社も『いけいけどんどん』。社長から、株を分けてやるからお前が○○歳になる頃には遊んで暮らせるぞと言われ、これまで聞いたことのなかった話にわくわくしていました(笑)。でも、やはり現実はそんなに簡単な話はなかったですね…」

起業への憧れはなかったんですか?

「なかったですね。たしかに世の中的には盛り上がっている時期でした。ただ、ぼくとしてはほかの人よりも長い学生生活を過ごした分、社会とのギャップを埋めていくことに必死な時期でしたからね」

リーマンショックで経営が難しくなったことが、次の会社に行くきっかけになったんですかね…?

「はい。資金繰りに相当詰まっている状況で、来月の給料が出るかな、というところまで追い込まれた状況でした。自分がお金の流れを見ていたこともあり、最終的には減資を行い、税金の納付額を圧縮する手続きなども行いましたが、会社に残り続けるのが難しい状況になりました…。そこで、転職を考えようと、いくつか転職エージェントに登録したんですが、キャリアアドバイザーの方と面談をする中で複数人の方から『島田電機という会社があって、工藤さんに合ってると思いますよ』と言われたんです。島田電機では、前任の取締役兼総務部長が定年退職されるということで、財務や会計に強い人を探している状況でした。同じタイミングで紹介されたことで、妙に気になって、それなら一度、面接を受けてみようと思ったんです」

大袈裟な言い方をすれば運命的な出会いに感じますね(笑)。島田電機に決めた理由は何だったんですか?

人の良さでした。結局は誰と働きたいかですよね。面接当日、今でも真っ先に思い出すのが、ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできた、総務部で採用担当をしている鈴木咲子さんの笑顔。すごくいい笑顔で挨拶してくれたんです。その後、取締役の方とコミュニケーションを取ったら、その方もまたすごく良い人。日をまたいで三回面接があると聞いていたんですが、その日のうちに社長面接まで行ったんです。そして、夜には社長と飲み、この人たちと一緒に働きたいと思っていました」

社員だけでなくその家族にもファンになってもらう

トントン拍子で話が進んでいったんですね!社長とはどんな話をしたんですか?

「前職の話はもちろん、プライベートや価値観の話など、人間性に関する部分を知りたかったんだと思います。おそらく、酔っ払わせることで(笑)。島田電機自体がスキルや経験以上に、人柄をとても大事にしている会社。そういう人が集まるからこそ、働きやすい職場環境につながり、会社のファンも増えると考えているんです。社内外でのファンづくりは、島田電機としても特に注力しているところなので。また社長が、当時からいろいろなことをやってみたいという想いにあふれた方でした。社長の話も聞く中で、ぜひ自分も一緒に仕事をしてみたいと思ったんです。父親にも相談したところ、大きい会社で専門的な業務だけやるよりも、小規模な会社でも経営に近いところで仕事した方が絶対おもしろいはずだからと言われて。ただ、実際に入ってみると、社長について行くのに必死ですが(笑)」

ファンづくりで言うと、島田電機ではボタンちゃんなど、自社オリジナルのマスコットキャラクターも作られていますよね?

「はい。島田ブックというブランドブックがあるんですが、これを作るときにお手伝いいただいた会社のデザイナーさんが、ボタンちゃんというキャラを作ってくれました。それで、『これ良いじゃん』となり、会社のマスコットにしたんです。今ではボタンちゃんのグッズやまんじゅう、等身大のオブジェなど本当にいたるところに、ボタンちゃんがいる状況になりました(笑)。ボタンちゃんを通じて、社内外の人が島田電機のことを知り、好きになってもらうきっかけになれば良いなと、考えているんです」


これまで制作してきたボタンちゃんグッズの一部

ほかにファンづくりとしてやっていることはありますか?

メディアに取り上げてもらえるような取り組みを積極的に行なっています。例えば先ほど案内した『1000のボタン』の写真をSNSに投稿したところ、20万いいねを超えて大きくバズり、メディア取材が殺到しました。社内で働いていると分からないですが、自社がテレビで取り上げられるとやっぱり社員としては嬉しいし、家族にも自慢したくなりますよね。そうして社員の家族にも島田電機のことを知ってもらえる。そのほかにも『工場のぞきみ見学会』なども行っています」

自社で製造しているエレベーターのボタンをフックに、ファンづくりを行っているわけですね。

「はい。最近も新しく入社した社員のお母さんが、島田電機の取り組みをテレビでよく見てくださっていて、会社にご挨拶に来てくれたことがありました。それが、本当に嬉しかったんですよね。社員の家族が遊びに来てくれる会社って、素敵だと思いませんか!?まずは社員が自分の会社を好きになることで、次は家族にも好きになってもらう。そうしたファン作りをここ何年かずっとやってきていて、島田電機を好きな人の輪がどんどん広がって欲しいな、と考えているんです。うちの娘も島田電機の大ファンなんですよ。よく会社に遊びに行きたいと言ってますし、会社のHPやSNSもチェックしています。そんな会社って、意外とありませんよね。家族も含めて受け入れてくれる懐の広さが、島田電機の魅力でもあるなと思っているんです」

「ボタンちゃん」Barも設置し、無料でドリンクが飲めるようになっています

続く後編では、工藤さんが構築に携わった自分らしい働き方を促す人事制度や、新制度を定着させるための工夫について話を聞きました。

会社概要

社名 株式会社島田電機製作所
設立 1949年2月24日
事業内容 各種エレベーター、エスカレーター用操作盤、表示器の製造及び販売
従業員数 51名(2021年8月現在)
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株式会社島田電機製作所

予備校講師などを経て、大学院を修了後、税理士事務所に入社。その後、プラスチックの添加剤を製造する上場準備中のベンチャー企業を経て、島田電機へと転職。総務部長として経理や会計、キャリア人材の採用や新人事制度の構築など、総務全般を幅広く担当している。

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『人事のヨコガオ』は、人事の方の「個性」にフォーカスしたメディアです。「社員一人ひとりの個性と向き合う人事の方個人にも個性がある」というコンセプトのもと、人事就任から現在に至る過程でぶつかった壁やその裏にある想いなど、等身大の姿を取材します。 気になる他社の人事の方が、どんな想いで施策に取り組み、これまでどう壁を乗り越えてきたのか。あまり知られていない”ヨコガオ”をお届けすることで、人事の方同士が学び合えるきっかけを提供していきます。